essay3
戦国に生まれ落ちたご先祖達
yokomokkokenkatabami
丸に横木瓜&剣片喰/我が家の家紋(父方&母方)家紋も調べると奥が深すぎて・・・

日本史、世界史、、。私は「社会」の授業は苦手だった。というか、アレルギーに近かったかもしれない。(笑)クラスメイトは「あんなの、丸暗記すればいいんだからさ〜」なんて言ってたけど、、、。丸暗記、っていうのがなんだか無駄な作業みたいでとってもとっても体が拒否反応を起してた。・・・たった一度だけ無理やりに頭に詰め込んだ時があって、そのテストだけはかなりパーフェクトだった。でも、丸暗記したものはすぐに忘れてしまうし、何よりも『大昔の年号や人名を覚えて何になる?』という考えがぬぐえず、「やっぱりバカバカしい」・・・そんな訳で、学生時代の社会科の成績は、恐ろしいものでした。

でも。そんな私が、歴史を紐解くって奥深いかも、、、と思えるきっかけがありました。

な、なんと!こんな私が歴史上の有名な人物の子孫らしい、のです(笑)・・・本能寺の変、、、普通に日本史をお勉強した方ならば必ずご存知な戦い。あそこで戦死しました森蘭丸(織田信長の小姓)。。。だそうで。(母曰く。ちなみにうちの母の旧姓は「森」です)

そういうことを知らされると、なんだか急に親しみがわいて、ネットで色々調べてみました。すると、、、あらまぁ、すごいんですね〜。森家にかかわらず、色んな子孫の方々の「我々●●家一族は・・・」って格調高いサイトがいっぱい。。。血は争えない、とでもいうか、そういう事には誇りを持たなくてはいけないのだろうか、、、なんて恐縮するくらい。

で、森一族のサイトをいろいろ見ているうちに、たいへん歴史の勉強になりました(恥)しかし同じ血が少しでも流れているのかと思うだけで、今まで『大昔の他人事』なんて思ってた事柄がものすごく他人事ではなくなるんですね〜。。。「森蘭丸ってどんな人?・・・え〜と、美貌と才知をもって信長の寵愛を一身に受けた小姓??ひぇぇ〜▲■※・・・」でもそういうイメージが定着したのは現在まで語りつがれている多少尾ひれのついた(?)逸話だそうですが、これが興味深いんです。

例えば、『上様が近習たちに愛刀を見せ、鍔(つば)にある菊の数を当てた者に刀を与えると言うと、「上様が用を足すのを待つ間に、すでに数を数えて知っていたので答えません」と言った。その正直さに感心した信長は、刀を蘭丸に与えた。 』とか、『あるとき信長が障子を閉めるよう命じたが、見にゆくとすでに閉まっていた。蘭丸はそれをいったん開けると、わざと周囲に聞こえるように音を立てて閉めた。上様が「上様のお言葉に間違いがあってはいけませんので」と言った』とか。『あるとき、上様が蘭丸に「自分には、天下にも代え難い秘蔵のものがあるが、それを当ててみよ。」蘭丸:「白鷹でしょうか?」上様:「鷹ではないが生き物だ、もう一度考えよ。」蘭丸:「もしかして私でしょうか?」すると当ったらしく、上様は笑った。 』 などなど。

なんだか、それって、、、、、ラブラブ??でも、こんな上級テクニック、見習えないわ(笑)きっと私は目の前に信長のような人が現れても上手くゲット出来ないにちがいない(爆)

しかしながら、仮に同じ血筋だとして、納得できた箇所がひとつ、「蘭丸の父親はじめ、森家というのは、媚びへつらう性格ではなく、相手が上様であろうが悪いことは悪い、とぴしゃりと言うはっきりした性格であった」と。これはあり得る!!大いにあり得る!!(経験者は語る・・)

・・・小説を読むより、小説家の自叙伝を読むほうが好きな私としては、こんな風に学習していれば、社会の授業中にしょっちゅう居眠りしないで、卒業アルバムに「寝る子が育つとはお前のことだぁ〜〜」なんてクラスメイトに書かれなくて済んだだろうに(笑)

弱冠18歳にして本能寺に散った命。信長が蘭丸の忠告を気に留めなかったが為に断たれてしまった歴史。(だそうですよ。ご興味のある方はいろいろ検索してみてください)もっと生きていたらどんな人生だったんだろう、そしたら私はまた違う私だったのかしら。。。遠い昔に思いを馳せるにはなんとも切ない時代ですね。(essay3)

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