essay5
一唱入魂

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近ごろ、タイガースに始まり、マラソン、バレーボールといろいろな中継が目に付く。毎回かかさず熱心に見入っている訳ではないのに、決まった瞬間を見ると、とつぜん予告もなく涙腺がゆるみがちに。

・・・今の私自身はスポーツとは縁がないけど、中学・高校は、軟式テニスをやっていた。特に中学の時はものすごく上下関係の激しい部活で、1年間はずっと球拾いとトレーニング、夏休みなんて地獄で、毎日炎天下で5時間ほど休憩なしで、ひたすらトレーニングと球拾い。目の前が黄色くなって倒れそうになったこともある。学校は田舎なので近くに山があり、あまりの喉の渇きに耐えられない時は、どこから流れてくるのかわからないような湧き水もこっそり飲んだ事がある。(戦時中か)山ごぼうみたいにガリガリで真っ黒。今の私がスポーツしないのは、あれで懲りたからかな〜?

でも運良く顧問の先生がインターハイ経験者で、後半の1年位はシュミレーションの特訓やら何やらで、3年の夏季大会には市内大会&地区大会で準優勝、そして県大会まで進んでしまった。(ベスト8戦で負けたけど)・・・余談だけど、顧問の先生は双子で、もう片方の先生が別の中学で教えている生徒が市内大会&地区大会で優勝したんです。決勝戦はまるで姉妹対決ですよ、先生すごい!

なので、ほんの少しだけど、スポーツの厳しさを知ってる、と言いたい自分がいる。やっぱりしっかりした技術と精神力。・・・中継を見ていると世界レベルの人たちですら、相手チームに得点をリードされるとブラウン管ごしに見ていても表情が固めに、追い上げてきた時は余裕の表情に見える。流れをキープすることの大変さが伝わってくる。

・・・で、昔話にもどるけど、中学の夏季大会はトーナメント式だから一回でも負けるとそこでおしまいになってしまう。大きな大会でもないので、一日に優勝決定戦までやってしまう為、朝から数試合「一球入魂」しなくてはいけない。でも、私の場合、ある時まで「負け」をほとんど意識してなかった。とにかく全力投球!ってかんじ。私は前衛だったから、先生に教わったフェイントステップでわざと右にダッシュしたふりをして、一気に左に走りはじめる。と、相手がものすごい至近距離でサイドへ抜こうと打ってくる時もある。すると狙い通りに自分の顔めがけてボールが飛んでくるので、空いた場所に打ち返す。試合中はほとんどそんなことの繰り返し。後衛との絆も大事。失敗しても非難しあわず信頼する。そうやって集中していると、ひどい話だけど、声援はほとんど耳に入らない。試合が終わってからやっと「ありがとう」と言う余裕が出る。

なのに、最後に負けた試合だけは、自分がコントロール出来なかった。はじめて「負けるかもしれない」と試合中に思ってしまった。実力の差を感じたし、それでも何とかなる、と思えなかった。そして負けてしまった。。。でも、そんなに残念ではなかった。やるだけやったから。燃え尽きちゃいまして(笑)・・・スポーツにはまっていく人なら、ここで「二度とこんな気持ちを味わうものか」と更に更に自分の技術と精神を磨き上げていくのかな?きっと。

だからテレビ中継を見ていると、心から尊敬の念を抱いてしまう。ちょっとスポーツをかじった私としては、負けた試合の翌日に「●●選手、もう終わり」と書く新聞紙って・・・と思ってしまう。そう簡単に言うなよ、と思い、そういう見出しを望む読者が多いのかな、とも。熱烈なわりに愛情がないのか?なんて。

ところで、声帯にも、良くない緊張をしている時に機能しない部分があるそうだ。納得。いつもは歌えるものでも、「ここで思ったようなフレーズが出来なかったらどうしよう」と迷いが入ると、フレーズを間違えなかったとしても、つまらない歌になってしまう。逆にそういった迷いから解き放たれれば、想像してなかった素敵な歌い回しになったりする。

どんなジャンルでも、共通している事ってありますよね。(essay5)

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